大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成8年(オ)2597号 判決 1998年7月14日

上告人

甲田太郎

右訴訟代理人弁護士

安部洋介

被上告人

乙山花子

右法定代理人親権者

乙山高男

乙山雪子

右訴訟代理人弁護士

安藤裕規

安藤ヨイ子

齊藤正俊

大峰仁

被上告人

丙村次郎

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

一  本件は、上告人が、被上告人乙山花子の血縁上の父であると主張し、同被上告人とその戸籍上の父である被上告人丙村次郎との間に親子関係がないことの確認を求める訴えであり、記録によると、次の事実が明らかである。

1  被上告人次郎は、昭和四七年八月二九日、丙村良子と婚姻するとともに、良子の両親と養子縁組をし、良子及び右両親と同居していた。しかし、被上告人次郎と良子は、同五七年ころから不和になり、同五九年三月ころ別居した。

2  良子は、昭和五八年から上告人と肉体関係を持つようになり、同五九年三月一四日、月子を出産し、さらに、同六二年一月一日、被上告人花子を出産したが、いずれの子も、良子と被上告人次郎の嫡出子としてその出生の届出がされた。しかし、上告人は、同六一年秋ころから良子と疎遠な状態になったため、同六二年一〇月ころになるまで被上告人花子の出生の事実を知らなかった。

3  良子は、昭和六三年ころから、当時交際していた丁田三郎の両親宅に月子及び被上告人花子を預けるようになった。上告人は、平成元年一月ころ、右丁田宅において被上告人花子を見て、自分の子であることを確信した。良子は、同年六月、被上告人次郎と協議離婚をした。

4  その後、良子は、月子及び被上告人花子を右丁田宅に残したまま、住所地を離れ、行方不明になった。そして、月子らは丁田の妹に預けられ、さらに、月子は良子の父に引き取られ、被上告人花子は、平成元年一一月下旬、乙山高男、雪子夫妻に引き取られた。乙山夫妻は、同二年、福島家庭裁判所郡山支部に被上告人花子を乙山夫妻の特別養子とする審判の申立てをした。

5  上告人は、自分が被上告人花子の血縁上の父であると主張し、平成三年四月、被上告人ら間の親子関係が存在しないことの確認を求める調停の申立てをし、同四年六月一一日、更に本件訴えを提起し、前記審判を担当する審判官に審判の猶予を上申したが、福島家庭裁判所郡山支部は、本件訴訟が第一審に係属中の同年一〇月一六日、乙山夫妻の前記申立てを認める審判(以下「本件審判」という。)をした。

6  上告人は、本件審判に対し、即時抗告をしたが、仙台高等裁判所は、平成五年一月一九日、上告人が被上告人花子の法律上の父たる身分を有するものではないことを理由に右抗告は不適法であるとして、抗告却下の決定をした。これに対し、上告人は、更に特別抗告をしたが、右抗告も却下された。

7  なお、月子は、平成二年二月ころ、上告人に引き取られ、上告人が養育している。上告人は、本件訴えにおいて、月子と被上告人次郎との間の親子関係不存在の確認も求め、上告人の右請求を認容した第一審判決は、控訴なく確定した。

二  第一次控訴審は、被上告人花子について本件審判が確定したから、上告人には訴えの利益がないとして、上告人の請求を認容した第一審判決を取り消して本件訴えを却下したが、上告人の上告に基づき、第一次上告審は、次の理由により、第一次控訴審判決を破棄して本件を原審に差し戻した(最高裁平成六年(オ)第四二五号同七年七月一四日第二小法廷判決・民集四九巻七号二六七四頁。以下「第一次上告審判決」という。)。

1  子を第三者の特別養子とする審判が確定した場合においては、原則として、子の血縁上の父が戸籍上の父と子との間の親子関係不存在の確認を求める訴えの利益は消滅するが、右審判に準再審の事由があると認められるときは、右訴えの利益は失われない。

2  上告人は被上告人花子の血縁上の父であると主張して被上告人ら間の親子関係不存在の確認を求める本件訴えを提起するなどしており、本件審判を担当する審判官も上告人の上申を受けてそのことを知っていた。それにもかかわらず、本件訴えの帰すうが定まる前に本件審判がされたのであって、そのような場合に、もし上告人が被上告人花子の血縁上の父であるならば、上告人について民法八一七条の六ただし書に該当する事由が認められるなどの特段の事情のない限り、本件審判には、家事審判法七条、非訟事件手続法二五条、旧民訴法四二九条、四二〇条一項三号の準再審の事由があるというべきである。

3  したがって、本件においては、右準再審の事由の有無についても審理して本件の訴えの利益の有無を判断すべきである。

三  これに対し、第二次控訴審である原審は、次の理由により、第一次控訴審と同様に本件訴えを却下した。

上告人が血縁上の父としての権利や立場を主張する機会を失したこと及びその義務を尽くさずに過ごしたこと自体はおくとしても、その結果、被上告人花子が不遇な状況に陥ったのは事実であり、ようやくそこから抜け出し、特別養子縁組の成立前とはいいながらも家族に準じた乙山夫妻の情愛に包まれた安住の場を得ているのに、上告人が同被上告人の血縁上の父であるとして同被上告人を引き取ることは、大きな変更と精神的混乱をもたらすことになり、被上告人花子の利益を著しく害する事由に該当する。したがって、上告人については民法八一七条の六ただし書に該当する事由があり、本件審判に準再審の事由はないから、本件の訴えの利益は消滅した。

四  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

第一次上告審判決は、確かに、本件の訴えの利益の有無を判断するに当たり、前記二のように準再審の事由の有無についても審理すべき旨を説示している。ただ、その際考慮すべきは、本件審判についての本来の準再審事由は、子の血縁上の父に特別養子縁組を成立させる審判手続に関与する機会を与えなかったことであると解されることである(民訴法三四九条、三三八条一項三号参照)。しかし、血縁上の父であっても、民法八一七条の六ただし書に該当する事由が認められるなどの特段の事情が認められる場合は、このような父の同意を要することなく特別養子縁組を成立させることができるから、第一次上告審判決は、本来の再審事由から右の特段の事情がある場合を除外すべき旨を付加したものと考えられるのである。

本件親子関係不存在確認訴訟は、上告人が本件審判についての準再審手続において本件養子縁組の成立の取消しを求める適格を取得するために提起したものと考えられるところ、第一次上告審判決は、本件の訴えの利益を判断するためには、本件審判に関する準再審の事由の有無を決すべきものと判示しているかにみえる。しかし、右準再審手続は、元来審判をした裁判所の専属管轄に属するものであり(民訴法三四九条、三四〇条)、準再審の事由の有無も、最終的には準再審裁判所が判断するものである。そして、仮に、原審が準再審の事由が認められないとして訴えの利益を否定し、本件訴えを却下したならば、上告人はこれにより本件審判についての準再審の申立てのみちを閉ざされる結果に至る。一方、民法八一七条の六ただし書に該当する事由は、本来はその性質上、家庭裁判所が審判の手続において判断すべき事柄であり、また、科学調査制度等を有する家庭裁判所が判断するのに適した事項である。これらの諸点を考慮すると、第一次上告審判決の意味するところは、本件の訴えの利益の有無を判断するに当たり、準再審の事由がないことが明白である場合は格別、準再審の事由がないとはいえず準再審開始の可能性がある場合には、子の血縁上の父と主張する者に対し、準再審のみちを閉ざさないよう配慮すべきことを説示したものと考えられるのである。

そのことは、本件について、民法八一七条の六ただし書に該当する事由があるか否かを判断するに当たっても同様であって、もしそのような明白な事由が存在し、もはや家庭裁判所の判断を要しないと判断される場合には、訴えの利益を否定することができるが、右ただし書に該当することが明白な事由の存在するとはいえない場合には、訴えの利益を否定することはできないと解するのが相当である。これを本件について見ると、前記原審の認定事実をもってしては、いまだ、上告人が被上告人花子を虐待し又は悪意で遺棄したなどの右ただし書に該当することが明白であるとすべき事由が存在するとはいえないから、これのみをもって直ちに本件の訴えの利益を否定するのは相当とはいえず、これと異なる見解に立って本件につき訴えの利益を否定した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があるから、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるので、これを原審に差し戻すこととする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官尾崎行信 裁判官元原利文 裁判官金谷利廣)

上告代理人安部洋介の上告理由

第一、原判決には法令違反の不法がある。

一、原判決は、乙山夫妻を養親とし、被上告人花子を養子とする特別養子縁組の審判(本件審判)につき、民法第八一七条の六但書に該当する事由などの特段の事情が認められるか否かについて検討し、被上告人花子を良好な養育環境である乙山家から引き離すことは、同被上告人に精神的な混乱をもたらすことになり、同被上告人の「利益を著しく害する事由」に該当するとして、上告人の提起した親子関係不存在確認の調停或いは訴訟の帰趨を見極める以前にした本件審判であっても、手続的正義に反したものとはいえず、準審判の事由は存在せず、他に本件審判の効力を覆すべき事情は認められないから、本件審判の確定により、同被上告人の実方との親族関係は、血縁上の父である公算の大きい上告人との間でも終了し、本件親子関係不存在確認の訴の利益は消滅したものとして、上告人の本件訴を棄却した。

二、しかしながら、

(一) 仮に、原判決が認めるように、本件審判当時、被上告人花子が、乙山家において良好な養育環境にあったとしても、上告人は、現状を実力行使によって覆し、実力行使によって同被上告人を奪取しようとしたものではなく、あくまで法的手続を執ったうえ同被上告人を引き取ろうとしたのであって、法的解決を考え行動していたのであるから、親子関係不存在確認事件(調停および訴訟)の帰趨を待たずに審判すべき緊急性、即ち「養子となる者の利益を著しく害する事由」など全く存在していなかったのである。特別養子縁組申立事件を担当した福島家庭裁判所郡山支部においては、親子関係不存在確認事件の帰趨を見極めてから審判すれば足り、またそうすべきであったと言わざるを得ない。

(二) 原判決は、民法第八一七条の六の解釈において、「養子となる者の利益を著しく害する事由」がある場合、父母の同意はいらず、父母の特別養子縁組の審判手続への関与をも不要とするかの如くである。しかし、手続的正義の実現という観点からすれば、父母の関与が不要となる場合は、極めて制限的に解されなければならず、例えば父母が失踪して行方不明となり「父母がその意思を表示することができない場合」またはそれに類似する場合に限定されなければならない。本件審判においては、上告人は、被上告人花子の血縁上の父であることを争っていたのであるから、父母の審判手続への関与が否定される場合に該当しない。福島家庭裁判所郡山支部においては、本件親子関係不存在確認事件の帰趨を待ち、そのうえで審判すべきであったと言わざるを得ない。原判決は、「父母の同意」と「父母の関与」とを混同するものであるとの批判を免れない。

(三) なお、原判決は、本件審判につき、被上告人花子の「利益を著しく害する事由」として、乙山家が養育環境として良好であることの外に、それを補強する背景として、①上告人が同被上告人が自分の子であると確認後も直ちに認知するための法的手続を執ることなく放置していたこと、②良子が上告人を避け、月子および同被上告人を第三者に預けて郡山を離れたのは上告人の暴力等が原因であり、警察沙汰もあったこと、③良子が月子及び同被上告人を上告人が引取ることに強く反対していたこと、を挙げ、同被上告人が不遇な状況にあったのは、上告人に責任の大半があった旨言及する。しかし、上告人としては、仲違いした良子が祈祷師某を中心とするグループの一員として詐欺的商法による健康器具販売に携わっていたことから、同グループから同女を救出することが先決であり、救出後同女と復縁できれば子である月子及び同被上告人の問題も円満に解決するものと考えていたところ、同祈祷師を盲信する同女および仲間の反感を買い、仕事が終った後、同女の住まいを訪ね話しをしようとした際、それに気付いた仲間が警察に通報し、かけつけた警官に事情を尋かれたことがあるが、原判決がいう警察沙汰はそれ一回にしかすぎず、原判決がいう暴力行為は一切なく、原判決がいう責任など上告人にはない。原判決は良子の福島家庭裁判所郡山支部へ提出された供述書により右事実を認定したものであるが、当時、自分の反社会的宗教活動を反対され、上告人に強い反感を抱いていた同女の反対尋問を終ていない伝聞証拠を全面的に採用し、証明力を認める原判決は、合理的な自由心証主義の範囲を逸脱するものであって、極めて不当である。

第二、以上によれば、本件審判には、民法第八一七条の六但書に該当する事由が認められず、準再審の事由が存在するから、本件訴については、なお、確認の利益は存在する。したがって、本件審判が確定したことの一事をもって本件の利益は消滅したものとした原判決は、法令に違反しており破棄を免れない。

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